7月4日から18日までジョージアのクタイシで友人のアメリカ人がやっている英語学校でイングリッシュサマーキャンプを行った。
娘達2人も参加し、友人のリトアニア人の子供二人も、クタイシに住む日本人の友人の息子さんも加わり、ジョージア人の子供達が多かったがインターナショナルなイングリッシュサマーキャンプとなった。
参加者は5歳から16歳ぐらいの子供達でジョージア人が8割ぐらいだが、みんな英語が最低限少しは話せる、英語や海外のことに興味を持っている子達(インターに通っている子もいるがほとんどが公立学校に通っている子達だった)
年齢やレベルごとにいくつかのグループに別れたり、時には混同でゲームや遊びやプレゼンテーションを通して英語や様々なことを学んでいく。
学ぶ環境も変化し、学校で行うだけでなく、公園や植物園、大学などクタイシや近郊の環境を利用して英語を通して様々なことを学んでいく
僕らは特別に1日参加させてもらい、その代わりに日本のことをみんなに教えたり、シェアした。
僕自身フィリピンに英語学校が入って来た時から、日本人や韓国人が行う英語学校の経営者達と交流があり、中身を見せてもらったり意見を求められたり、様々な英語学校に参加してきたが、今回のジョージアでのサマーキャンプに参加して驚いたのがジョージア人の子供達の好奇心の強さだった。
サマーキャンプではナミコが日本についてプレゼンを行い、足りない部分を僕が補って話をしたが、「これ知っている人?」と質問するとみんなハイハイッ!!と凄い勢いで手を上げ回答し、日本のことがいろいろ書かれている地図を見せると「これなんですか??」っと凄い勢いで次から次へと質問が飛び交った。
最後に「日本について何か質問したいことは??」と聞くと、次から次へと質問が途切れなく出てきて、自分の知っていることも含めて自分の興味があることに関する情報収集能力と好奇心が小さい子も大きい子も含めて素晴らしかった。
これはちょっと今の日本の子供達やティーネージャーにはないもので、少なくとも好奇心の強さが言語習得にはかなり影響しているなと改めて感じた。
ジョージア人の子供達が決してじっと座っていたり、行儀が良い方ではないが、この好奇心の強さは人が成長するのにかなり重要なのではないかと感じた。
同時に日本の教育とは何か?を思い知らされ、この場にいる8割が日本人の子供達だったら、場は静かで整然としているかもしれないが、みんな表面だけの良い子を演じ、無関心のような何とも言えない表情なのかなとちょっと怖くなった。
キラキラした澄んだ目で好奇心が抑えきれずに思わず立ち上がって質問してしまうあのピュアな表情
やっぱりそうだったんだ!うわー面白い!世界は何て広く素敵なんだろう!!
うわーー!日本のお札は「すかし」があり人の顔がすかされて見える!様々な所に工夫があり、紙も上等そうだし、やっぱりハイテクの国日本だ!!
っとお札1つ見せただけでみんな飛びついて3分以上アメリカ人のジョンが制止するまで穴が開くまで千円札をこねくり回し、かなり細部まで見回し、鋭い質問をいくつか投げてきた。
10代の頃から1人で様々な国に行き様々な国の人達と話し、仕事として様々な人にダイビングや自然環境、海の素晴らしさについて教えてきたが、どんな世界でも好奇心が強いと呑み込みが早く、様々な広い視野が身に着くと思う
好奇心の低さが、無関心が、今の日本の国としての衰退ぶりも左右しているとまで思えてきた
「愛の反対は憎しみではなく、無関心だ」とマザーテレサは言ったが、その通りだと思えてきた。
愛のない日本はこのままどこに行ってしまうのだろうか?
英語を学ぶことだけを目的にするのではなく、英語を通して愛を学ぶことの方が重要ではないのかとサマーキャンプに参加して感じた